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zoom RSS 小さな声を聞こう(5)「障害があっても幸せな人生を・・・」

<<   作成日時 : 2007/09/14 23:59   >>

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今日はシリーズ「小さな声を聞こう」の5回目です。
市民福祉活動センターBitが行った、学校の先生を対象とした研修で使われた「小さな声を聞こう」という資料のご紹介です。
障害のある人を対等な人として、その率直な気持ち(声)に耳を傾けよう、というものです。
 関連記事 → 認め合う福祉学習のために(1)
          認め合う福祉学習のために(2)
          小さな声を聞こう(1)

今日は、知的障害のある娘さんをもつお母さんの「小さな声」です。
『障害があっても幸せな人生を…』

 『楽しい生活を送っているだろうか? 日々幸せに感じているだろうか?』いつもそのことを考えます。自閉傾向の重い知的障害のある22才の娘は、先の見通しの分からないことに不安を感じ、急な予定変更やいつものパターンにこだわります。避難訓練やいつものウォーキングの変更に混乱し、気持ちを抑えきれずに自分の体を叩いてしまうこともあります。 

 それでも毎日元気に通所施設に通い、ウォーキングや作業に取り組んでいます。ウォーキングは3コースあります。「今日はどのコース?」公園で飲む麦茶のコップを持つ係りです。道や公園で地域の方に会ったりします。午後はビーズのストラップやタイルモザイクの作業をしています。音楽クラブで仲間と音楽を聴いたり、楽器をならしたりします。月に一度、稲毛海岸の清掃作業やグループでカラオケやボーリングをしたり、時には東京まで出かけて外食を楽しみます。

 日曜日は、毎週プールに行きます。幼児期よりずっと続いて17年目です。プールが大好きで、水の感触や運動は、今や生活に欠かせないものとなっています。家ではテレビやビデオを見ることが好きです。学校時代のアルバムや雑誌、毎日来るチラシの中からドラッグストアーやスーパーのチラシを選んで居間で広げてみています。

 娘は全く言葉がないので意思が伝わりにくいのですが、動物的な勘や感じる心は敏感です。分からないと思って本人の悪口を言うと、急に怒ったり不機嫌になったりします。感性は鋭いものを持っています。

 普通であれば仕事をして自立していく年齢ですが、障害のため日常生活を支援無しではおくることができません。今はそのほとんどを親が行なっていますが、親も年を取りいつかは娘の生活の支援ができなくなります。できれば住み慣れた地域で生活してほしいと思いますが、どのような生活を提供できるか悩むところです。送迎、通院、生活全般を第三者にゆだねなければなりません。親子べったりな関係から、距離をおいて親も子も自立していくことを心がけながら将来の生活を考えていきたいと思います。

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次回は「61才からの日々」をご紹介します。
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
私のバイト先にも時々自閉傾向の強いと思われる成人の方がご来店します。
昨日も私がいる時間帯に2名ほどいらっしゃったのですが、お二人ともご両親と一緒でした。
きっと同じような悩みを抱えているのでしょうね。同じ地域に住むものとして何らかのサポートが出来たらいいなぁとおもいます。
yukao
2007/09/16 19:16
yukaoさん、こんばんわ。旅先から携帯でお返事コメントしています。
近所の人のサポートが一番ですね。お店の人が「いつもありがとうございます」と、声をかけるだけでも、サポートになると思います。
yukaoさんのような理解者の店員さんは貴重です。特別なサポートでなくても、ただ見守るだけでも、気持ちは伝わると思います。
そんな人が、だんだん増えるといいですね。
GAMI
2007/09/16 23:16
 幸せというのは基準がないから人それぞれということになりそうですが、健常者もそれを追い求めるし、怪我や病気をいつするかもわかりません。老いは必ずやってきますし、、、。
 私には幸せとは何か不幸とは何かを考える時期がありました。今の自分の中では「死ぬときに思うこと」だろうなと、そう決着が付いています。そうすると自分は、幸せだったと思うだろうなとそんな気がします。生きていたのだから。
 私は自分を健常者だとは思っていません。私を障碍者だと思っている人はいないようですが・・。幸せも、死も健常者障碍者の別なく平等であると思えてなりません。

 筆者の方も、娘さんも幸せを感じることができるといいな、ぜひそうあってほしいと思います。GAMIさんも。
INA
2007/09/26 00:10
INAさん、コメントありがとうございます。
私はまだINAさんのように、幸せについて心の中で決着がついていません。欲深くて未熟なのでしょう。
私も「幸せも死も平等」だと思います。私の幸せまでお気遣いいただき、うれしいです。INAさんにも幸せあれ。
GAMI
2007/09/26 22:46

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