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zoom RSS 友人の引き継ぎ

<<   作成日時 : 2010/12/23 18:22   >>

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先日、「荒木さん(仮名です)の新しいコミュニティフレンド(以下「CF」)の方とお会いした」という記事を書きました。
私の「後任」としてCFになった人と、お会いしたときの記事です。
この記事に『こういうことには「申し送り」なんてことがあるのでしょうか?』というコメントをいただきました。(INAさんより)
 こちらの記事です → コミュニティフレンド(66)新しい出会いをプレゼント
今日は、この「友人の引き継ぎ(申し送り)」について書いてみます。

CFとは、地域で障害のあるひとと「街の中の友だち」として関わる人のことです。
CFについては、こちらをご参照ください。
 → テーマ「コミュニティフレンド」

私は、障害のある人との友人としてのおつきあいを大切にしてきました。
障害のある人は一般的に友人が少ない場合が多く、地域の人がもっと自然に関わる社会になってほしいと考えるからです。
そして、何人かの人と友人としておつきあいしてきました。

しかし、転居することになり、それまでの関係は続けられなくなりました。
そのため、一部の人には私の「後任」が見つかり、その方が彼らの友人としてのおつきあいを始めています。

私はこの「友人の後任」に、強い抵抗感がありました。
そもそも「友人」に「後任」など必要ないはずです。
「後任」を立てた瞬間に、その関係は「友人」ではなかったことを認めることになるような気がしました。
そのときの気持ちは、こちらのシリーズ記事に書いてありますので、ご参照ください。

<関連記事>
 友人の後任(上)
 友人の後任(中)
 友人の後任(下)

「友人の引き継ぎ」についても、基本的には同じです。
本来、「友人」に「引き継ぎ」など必要ありません。
ですから、今回も「引き継ぎ」をするつもりはありませんでした。
しかし、実際は次のような形となりました。

<カメラのセッティング方法の引き継ぎ用に撮った写真>
画像


まず、木村さん(仮名です)の場合です。
木村さんは、花を中心とした写真撮影が趣味です。
電動車椅子に高性能カメラを装着し、カメラを操作する補助装置を駆使して撮影を楽しみます。
私は千葉に住んでいた頃、彼と一緒によく写真を撮りに出かけていました。

木村さんの場合は、「後任」を私が募集して、応募してくださった迫田さん(仮名です)に、私と木村さんの二人でお会いしました。
そのとき私は、「どのような介助が必要か」、「私たちはどうしていたか」を説明しました。
迫田さんに「何をするのか」を理解していただきたかったからです。
その結果、迫田さんは「やってみます」と言ってくださり、木村さんも「お願いします」ということになりました。

<そのときの様子>
 募集記事 : 「ボランティア募集中!」木村さんと写真撮影(19)
 決定記事 : 木村さんと写真撮影(21)新ボラ見つかる!

このとき私は、食事介助、トイレ介助、コミュニケーション、カメラのセッティング方法等については、ご説明をしました。
しかし、つきあい方については、「私たちはこんな感じでした」ということを参考までに少しお話しただけです。

荒木さんの場合は、CFのコーディネーターが「後任」の方を探しました。
候補者の方には、コーディネーターがCFの仕組みや荒木さんのプロフィールについて、説明したものと思われます。
私は、既に新CFさんが活動を開始した後に、お会いしました。

したがって「引き継ぎ」らしきものはありません。
しかし、新CFさんにお会いした日、「私たちはこんな感じでした」という話はしました。
荒木さんと私が、「あそこにも行ったよね」「こんなこともあったよね」と話すのを、横で「へぇ、そうだったんですか。」と聞いていただく形です。

「必要な介助」については「引き継ぎ」が必要です。
でも、「つきあい方」の「引き継ぎ」はしませんでした。
「後任」の人は私とは、好き嫌いや得意不得意が違います。
違う人なのですから当然です。
したがって、私と彼らの関係と、「後任」の方と彼らの関係は、全く違う形になるのが自然です。

私と木村さんは、写真を撮りながら昔のアイドルの話をしたりしましたが(オヤジ同士ですので)、迫田さんとは違う話をするでしょう。
私は辛いものが苦手なのですが、迫田さん方は違うかもしれませんので、一緒に食べるお昼ご飯は自ずと違ってくるでしょう。

私と荒木さんは二人とも乗り物好きなので、あちこちいろんな乗り物に乗りに行きましたが、新CFさんは別の共通点を見つけて一緒に楽しむことでしょう。
私は夏の日差しが苦手なので荒木さんが「潮干狩り」を提案しても断りましたが、新CFさんとは一緒に楽しめるかもしれません。

彼らとのつきあい方は、「後任」の方が時間をかけてつくっていけばよいことです。
私と同じことをする必要はありませんし、同じことをしてはいけません。
彼らにとっては、「GAMIの代わりが来た」のではなく、「GAMIとは違う新しい友人ができた」のはずです。

この私の思いは、「後任」の方にお話しました。
私が「後任」の方に何か引き継いだとすれば、この「思い」だったのかもしれません。
もちろん、これは私の「思い」であって、「後任」の方には私とは違う「思い」があっていいのですが。

<関連記事> テーマ「地域の友人として」

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
 GAMIさんの後任とはいえ、GAMIさんは友達のままなのだから、友達が一人増えたということなんですね。
 記事を読んで感じたことがありました。
一つは、新CFが何度かお付き合いして「やっぱりできない」とは言わないまでも、積極的にお付き合いできない事が起こるかもわからない。そういったことを防ぐための引継はあっていいのだし、あるべきなんでしょうね。

もう一つは、CFコーディネーターの持っているプロフィール。これは必要なものですね。それで気になったのは、GAMIさんの活動は記録を取ってコーディネーターにお渡ししているのでしょうか?プロフィールの更新にもなることです。もしかしたらこれ以上の深入りはしない方がいい質問かもしれませんが・・同様の活動をしているところでも、こういったことの詳細は、それぞれだと思います。CFの一般論的なところでもご存知なら機会があったら紹介してほしいなと思いました。
INA
2010/12/26 13:00
INAさん、こんばんは。
活動の概要は、CFがコーディネーターに報告しています。CFは「仕組み」ですので。
でも、その日あったこと全部を報告するわけではありません。CFは「友人」ですので。
「仕組み」として機能する必要があるが、「友人」としての関係は大切にする。そんな柔軟な運営が必要な活動なのだと思います。
お答えになりましたでしょうか。
GAMI
2010/12/26 20:19
GAMIさんありがとうございます。

 「仕組み」と「友人」について、GAMIさんにヒントを頂きたかったのですが。
 今度、私の方から経験に基づくお話しをさせて頂きたいと思います。できるものなら、GAMIさんの力を借りて、私は心の整理がしたいのです。

簡潔に書けなくて悩んでいますが、、。
INA
2010/12/29 00:49
ちょっとピントがずれた返コメしちゃいましたかね。すみません。
はい、またコメントしてみてください。私なりにリアクションしてみますので。
気長にお待ちしています。
GAMI
2010/12/29 23:31
ありがとうございます。

 要点が違うのですが、私の話を聞いてください。
街でたまたま親しくなった人が、たまたま障碍者であった。そこにはシステムもなく、それ以前にただの友人であることになりますね。それは何でもないことなのですが、でも、事実は障碍者と知ってわざと声をかけたのです。そして彼は私を受け入れてくれました。何年も友人関係を続けています。まあ、一度友達になれば一生友達ですけどね。
 ところが、障碍者のことを考え、ボランティアのことを考え、自分の中にその理念が育つほど、心の中にしこりができて大きくなっていきます。
私は知らない人とはなかなかすぐには打ち解けられなかった。普段街で知らぬ人に声をかけたりはしませんでした。相手を障碍者として他の方と区別して声をかけたことが、いつまでも心の中に引っ掛かり、申し訳なかったと思うのです。
 障碍とかボランティアとかそういうことが、まだまだ自分の自然な気持ちや行為になってくれません。 あの時の自分を覆い隠したいのか、街で見知らぬ健常者に声をかけたりしています。

 ローカルな話ですが、今思えば・・・♪口笛吹いて空地へ行ーった〜♪・・あの歌が、子供のころからず〜っと「声かけろ!」とささやいていたんです。街で彼と会ったときに、どんと背中を押されちゃったのかもしれません。最初は肝心ですね。引きずっています。
まとまった文章になっていないと思いますし、これがすべてでもありませんがもしよければコメントください。
書いていただくことで、また、まとまってくるかもしれません
INA
2011/01/07 22:58
INAさん、ご自身のことを書いていただき、ありがとうございます。

なるほど、わかるような気がします。もちろんこのコメントだけで、INAさんの気持ちが全てわかるわけはないのですが。
「障害者と知ってわざと声をかけたのに、たまたま親しくなったかのようにつきあってきたこと」に対する後ろめたさ。障害者を特別視して声をかけた過去の自分に対する嫌悪感。これらの気持ちは、「障害者も同じ人」と思うようになるにつれて強まってきた。(ずれてたらごめんなさい)

正面から返コメするなら、「始まりはともあれ、彼とは今も友人なのだからそれでいいじゃないですか。過去の自分を未熟に感じるということは、それだけ成長したということでしょう。今の自分に自信を持って、胸を張って前を向けばいいのでは。」となるのかもしれません。しかし、INAさんにとってはそう簡単には消化できないほど大きなことなのでしょうね。だから、障害やボラについても理屈や頭ではわかっていても、自然に心からの行為になりきっていない自分に気づいて悩んでしまう。
(つづく)
GAMI
2011/01/08 21:16
(つづきです)
私も、似たようなことで思い悩むことがあります。INAさんのように過去の自分というよりは、現在の自分に対する嫌悪感です。私はときどき、頭で理解している正しいことを「演じている」自分に気づくことがあります。「こうあるべき」と考える自分になるように背伸びして、しかし実際にはそうできない自分とのギャップに失望し、「正しくあろうとすること」に疲れてしまう。自分に呪縛をかけられているような感じ。完璧である必要などないことはわかっている。でもありのままの自分を受け入れられない。そんなとき、ブログを休止してしまうのかもしれません。(笑)
あと、荒木さんとの出会いについては、私もいまだに申し訳ないと思っています。これについては、いつか記事にします。(たぶん)

INAさんの気持ちを勝手に解釈しながら、最後は自分のことばかりになってしまいました。私なりのリアクションということで、失礼がありましたらお許しください。
GAMI
2011/01/08 21:17
 GAMIさんの解釈は100%私の思いです。 このブログを通じて、伝えることは難しいということを随分勉強しましたが、今回は見事に伝わってしまったなーと思っています。

INA
2011/01/12 02:06
INAさん、こんばんは。
ずれてなくてホッとしました。
ご自身のことを伝えるのは、少し思い切りが必要かもしれませんけど、また気が向いたら書いてみてください。
GAMI
2011/01/12 21:13

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