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zoom RSS 障害は異文化?

<<   作成日時 : 2009/10/14 21:43   >>

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「障害は異文化だ」と考えていた時期があります。
今では、大きな見当違いだったと思っています。
でも、ある意味では正しかったようにも思えます。

障害のある人と関わるボランティアを、始めた頃のことです。
ボランティアの活動をするたびに、なんとも言えない満足感かありました。
この満足感の理由がわからなくて、困りました。
私はなぜ楽しいのか? 私はなぜ満足しているのか?

世のため、人のためになることをしているから?
正しいことをしているから?
弱い立場の人を助けているから?
・・・どれも違います。
いろいろ考えても、納得できる理由がありません。

そこでこう考えました。
「障害は異文化」なのだと。

障害は、自分がこれまで触れてきたものとは違った世界である。
一方で自分には、異文化を楽しむ傾向がある。
海外で異なる文化や生活に触れると、とても興味深く感じる。
だから障害のある人との関わりを楽しいと感じるのだ。

今考えれば、「障害を自分とは違う世界のこと」と決めつけたうえでの考えです。
その意味では大きな見当違いだったと思います。
今は、「ひとにはそれぞれ共通点と相違点があり、障害もそのひとつにすぎない」と考えています。
違いもあるけど、基本的には同じひとであると。
しかし当時は、「障害のある人は自分とは違う人」「自分はその違いを楽しめる人なのだ」「だから楽しくて満足感があるのだ」と考えていました。

そうでも考えないと、自分でも説明がつかなかったのです。
ボランティアや障害のある人との関わりにおける満足感が。
その後、「満足感は説明できなくてもよいのだ」と思うようになりました。
「なぜボランティアをするのですか?」とよく聞かれます。
私は「そこに山があるからです」と答えることがあります。
最近は、「私がここにいるからです」と答えるべきだと気づきました。
<関連記事> 明日は我が身?

<海外のイメージ(民族衣装店)>
画像


さて、冒頭に「ある意味では正しかった」と書きました。
当時の考えは、次の点で正しかったと思います。
・現実に、一般の人にとって障害は違う世界であること。
 その意味では、「障害は異文化」であること。
・違う世界を受け入れるには、ある素養が必要であること。
 その意味では、異文化を楽しむ傾向は役に立つこと。
共通点と相違点をそのまま理解するには、まず違いを受け入れることが必要ですから。

海外に行って、日本と環境が違うと感じたときの反応は様々です。
 ・「日本と違う」と困ったように言う人
 ・「日本と違う」と嬉しそうに言う人

これまで関わりのなかった世界に触れる
 → 「自分と違う」と感じて排除するor遠ざかる
 → 永遠に自分と違う世界とは交わらない

これまで関わりのなかった世界に触れる
 → 「自分と違う」と感じて関心をもち交わっていく
 → 相違点と同時に共通点を感じていく
 → ありのままに理解する

「ふうん、同じなんだ」「へえ、違うんだ」
ありのままに理解したいものです。
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パクッと食いつきます。

私は自分の周囲の人々との違和感を良く感じます。実のところ、一人ひとり皆が異文化であると思うのです(今までは自分の中で異文化という言葉では処理していませんでしたが、GAMIさんの言葉を借りました)。結婚したらおにぎりの作り方が違ってびっくりしたなんて言うお嫁さんの話を聞いたことがあります。ほろほろと崩れるのが美味しいというのと、ギュッと握ってこそおにぎりだというものですが、目玉焼きの目玉の硬さや、カレーの作り方など、その家、家で異文化が発生していますよね。家庭間の違いを異文化というのは言いすぎでしょうし、個人の違いもしかりでしょうけど、自分の育ちや経験知識と違うものとの出会いは、ある意味異文化を感じる思いです。
 GAMIさんのボランティアとの出会いは障碍者と接するところから始まったのだった思います。もしかしたら障碍者にではなく、ボランティアや、福祉や制度にも異文化的な感じを受けたのかなーと思いますが、いかがでしょうか。
 私は、障碍者一人ひとりと接した時にはなにも感じませんが、障碍者福祉に関する制度や、イベント、施設に触れるとどうも異文化感は出てくるように思います。一人ひとりをではなく障碍者を集めてできるだけ効率よくフォローしようとするのは経済的に仕方のないことですが、隔たりをあえて作ってしまっている現状ですから、異文化になってしまうのだろうと思います。
 GAMIさんは見当違いだったと書いていますが、障碍者と触れ合う機会のない方たちが異次元にいるのだと考えれば、まず知り、接して早く異文化と感じてほしいし、そのうえで、自然にわかりあえるようになってほしいですよね。
 →
 
INA
2009/10/18 19:49
 ところで、普段から障碍者同士で暮らし、作業をし、ときどきやってくるボランティアと触れ合う生活をしている人たちがいます。そういった方たちがボランティアの集まりなどに出てきて「私は障碍者です」と自己紹介することがあるんですよね。ボランティアとして参加してるのではないという意味が含まれているのですが、障碍者というカテゴリー(文化)で自分をとらえることがあるんです。どうでしょう?GAMIさん、障害を抱えている方が、ご自身の生活範囲の外に「異文化」を感じることもあるものでしょうか?子供のころから、学校も違い、生活範囲も違う環境で育ち、「一般の人(普通の人)に迷惑をかけるな」などともし教育を受けていたら、そんな見えない柵でか囲われていたら、もしかして、異文化を感じていることがあるでしょうか?そんなことを感じたことはありませんか?
INA
2009/10/18 20:06
INAさん、こんばんは。
「一人ひとり皆が異文化」…私もそう思います。一人ひとり違うだけです。と同時にどんな人も皆同じです。おにぎりの例えは、とてもわかりやすいです。いろんな異文化がたくさんある。障害だけでなく、世の中違うものだらけ。でも、見方を変えたら、同じものもたくさんある。違うものより目立たないけど、世の中同じものだらけ。
「障碍者にではなく、ボランティアや、福祉や制度にも異文化的な感じを受けた」…そうですね、全部異文化でしたね。それが新鮮で、新しい世界が楽しかったのかも。時には「変だ」「おかしい」「間違ってる」と感じることも多かったですけど。でも、どちらかというと違いを楽しんでいたと思います。だから続いたんだと思います。
「まず知り、接して早く異文化と感じてほしい」…確かに異次元にいては交われません。たとえ異文化としてでも接して感じることができれば、その先がありますね。私も最初は異次元にいた。その後、縁あって次元の窓をくぐって異文化として接する機会に恵まれた。そして、しだいに自然にふれあうようになった。まずは次元の窓が必要ということでしょう。
GAMI
2009/10/19 22:04
「障害を抱えている方が、ご自身の生活範囲の外に「異文化」を感じることもあるものでしょうか?」…興味深い視点ですね。障害のある人が柵の外の世界に異文化を感じていることはありそうですね。
ある一定の文化の中で暮らしている人が、違う文化のグループに連れてこられたら、自分を異文化に所属する者と認識して、そのように自己紹介するでしょう。ニュージーランドでは「日本人です」と、福祉関係の市民グループでは「普通の会社員です」と。
障害のある人が自身を「障害者です」と紹介することもありうるでしょうね。障害学という学問があるわけですから、障害者であること自体が、意味をもっている社会なのでしょう。
しかし、一人ひとりの「個」としての存在が尊重される社会では、その人がどのような母集団に属しているかは、あまり意味をもたないように思います。「日本人です」→「はあ、それで?」。「女性ですので」→「それがどうかしましたか?」。「障害があるものですから」→「???」。
障害者であることが意味をもたない社会にならないかなあ。・・・受け売りです。
GAMI
2009/10/19 22:24

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