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<<   作成日時 : 2011/09/02 20:20   >>

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今年は節電の夏でした。
どうやら大規模停電は避けられそうですが、とにかく節電でした。
エアコン、サマータイム、照明・・・。
「節電」「照明」の二つの言葉から、思い出す話があります。
野沢和弘さんの著書「条例のある街」の一節、「明かりのなくなった街」です。
高梨憲司さんのお話を、野沢さんが紹介したものです。

千葉県では2006年に、「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」が成立しました。
その成立に中心的役割を果たした「千葉県障害者差別をなくすための研究会」。
野沢さんはその座長、高梨さんは副座長でした。
「明りのなくなった街」は、目の不自由な高梨さんが研究会のタウンミーティングで披露した話だそうです。
一部抜粋で引用させていただきます。

●明かりのなくなった街

この町で目の見えない人が多くなったらどうなるか。みなさん考えてみてください。私はこの町の市長選挙に立候補する。そしたら目が見えない人が多いので、私はたぶん当選するでしょう。そのとき、私は選挙公約をこうします。この町の財政も厳しいし、地球の環境にも配慮しなければいけないので、街の灯りをすべて撤去する。そうしたら、目の見える人たちがあわてて飛んでくるでしょう。「なんて公約をするんだ。夜危なくて通りを歩けやしないじゃないか」と。市長になった私はこう言います。「あなたたちの気持ちはわかるけれども、一部の人たちの意見ばかりを聞くわけにはいきません。少しは一般市民のことも考えてください」。そう、視覚障害者である私たち一般市民にとっては、灯りなんてなんの必要もない。地球環境がこんな危機に瀕しているのに、なんで目の見える人はわかってくれないのだろう。

 (野沢和弘著「条例のある街」より)


「条例のある街」をお持ちの方は、もう一度原文を読み直してみてください。
本をお持ちでない方は、是非「条例のある街」をお買い求めください。
他にもたくさん気づきがある、お勧めの一冊です。

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車いす用のトイレを増やしてほしいという要望に、「財政が厳しいのにそんな余裕はない」と言っていませんか?
それは多数派の論理です。
あなたは自分が少数派になったら我慢できますか?
「私は少数派なのだから、わがままを言ってはいけないのだ」と納得しますか?

私はこの一節を読んだとき、目から鱗が落ちました。
マイノリティ(少数派)とは何か、多数派の論理とは何か。
頭では理解していたことが、「ああ、こういうことだったのか」と腑に落ちた気がしました。
その後、野沢さんの講演でこの話を聞いたとき、既に本で読んで知ってる話なのに、鳥肌が立ちました。

本を読んでから4年が経過し、東日本大震災が起きました。
当初の計画停電はなくなったものの、まだ全国で節電が行われています。
今、高梨さんが市長だったら、どうなっただろうと思ってしまいます。

・国家存亡の危機に直面した今、限られた電力は優先順位をつけて利用すべきである。
・昼夜を問わず市内全ての照明と看板を消すこと。
・街灯や公共機関だけでなく自宅の照明も対象である。
・TVの使用は禁止し、ラジオのみ許可する。
・これらによって、当面必要な電力は十分確保されるため、それ以外の社会生活や経済活動は、通常通り行う。

こんな感じでしょうか。
少数派である「見える人」に少々の不便を我慢してもらえば、エレベーターやエスカレーターも止めなくてすみますし、公共交通機関も通常通り運行できます。

もちろん、この話は極端な例え話であり、反論を始めたらキリがありません。
そもそも高梨さんは、逆説的な話をして気づきを与えようとしたのであって、実際に市長になったら、少数派である「見える人」にも配慮した政策を実行するに違いありません。
いつもと違った切り口で物事を見てみる。
そのためのキッカケとして、考えていただければと思います。

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今回の震災と節電で、あらゆるところで照明が落とされています。
私個人としては、もっと落としていいと思いますし、これまでが明るすぎたと思います。
電力供給に余裕ができても、CO2削減のために暗いままにしてほしいとも思います。
でも、弱視の人や視力が衰えた高齢者にとっては、駅の暗い階段歩くのは危険でしょう。
エスカレーターも同様で、節電のために少数派である弱者が不便を強いられているように思います。

節電する場合の優先順位については、ずっと気になっていました。
「節電への協力を求めるTV局こそ輪番停電すべきだ」という意見もあると聞きました。
そんなことを考えながら、野沢さんの本を読み返し、「節電の優先順位にみる多数派の論理」について、改めて考えてみたしだいです。

様々な視点と意見が、ありうるテーマだと思います。
あなたはどう思いますか?

<関連記事>
 ◆「条例のある街」を読んで
 ◆野沢和弘さんの講演
 ◆テーマ「東北関東大震災」
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは。今頃になってのコメント、遅い!ですがお許しください。

今回はちょっとショッキングなテーマでした。ですから自分でも何をコメントしていいかまとまらず、なんか考えちゃいました。でも、下手な考え休むに似たり・・で、思ったことコメントさせていただきます。

読み終わって最初に、ブラッドベリの「華氏451度」を思いだしました。本を読むことが禁じられるという恐ろしい世界。でも本を焼く側だった人間が、自分の行為に疑問を持ち始めるという、まさに“気づくこと”からお話が展開されるんですよね。

野沢さんのこの本はまだ読んでませんが、小数派とされる方々の視点に立って、“気づくこと”から始めようよというメッセージなのかしらと思います。GAMIさんがおっしゃるように頭の中ではわかっていても、なかなか肌で感じるまではいかない。でも一度こんな条例を作ってみれば、いかに少数派の方のことを考えてなかったかがよくわかります。ほんとに身勝手ですね。もちろん私自身がです。

この本も読ませていただきますね。
あ、そういえば、野沢さんが講師で10月にPACGの勉強会が千葉で行われますので、参加するつもりです。

ん?節電の話でしたっけ・・それはまた今度、です。失礼いたしました。
marie
2011/09/07 22:21
marieさん、こんばんは。
「条例のある街」は、条例をつくるまでの闘いの様子を書いた本です。
しかし、闘った相手は条例制定に反対する勢力だけではなく、推進派同士の求めるものの違いや、街の障害者との温度差でもあったようです。
タウンミーティングでの議論などで、様々な思いを吸収していく。
その過程で「明りのなくなった街」のようなエピソードがいくつかあった。
ですから「多数派に少数派のことを気づかせる」というよりは、どちらかというと「少数派の中での気づき」を書いてあるのかもしれません。

ま、私がぐだぐだ書くより、「読めばわかる」ってことで。

野沢さんの勉強会。いいですね。
ずっとお会いしていません。
きっといいお話が聞けますよ。
GAMI
2011/09/08 21:29

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