ボランティア雑記帳

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zoom RSS ボランティアは偽善か

<<   作成日時 : 2012/04/06 23:47   >>

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「ボランティアは偽善だ」と言うのを、見聞きすることがあります。
それに対して「いや偽善ではない」とか、「偽善でも役に立てばよい」といった、反論があるようです。
しかし、私には何のことだかわかりませんでした。
ボランティアと偽善が、全く結びつかなかったのです。
でも、最近やっとわかってきました。
なぜ、ボランティアが偽善と言われるのか。

つまり、こういうことですね。
「ボランティア=他人のため=善」という考え方というか、前提があるのですね。
そして、その活動が他人のためではなく、自分のための活動であるように見えた場合に、それはニセモノの善、すなわち偽善であると感じる。
「ボランティアは偽善だ」と言う人の多くは、このように考えているのですね。

しかし、私には「ボランティア=他人のため」という感覚がありません。
自分を犠牲にして他人のために尽くすことがボランティアだとは、思っていません。
「ボランティア=自分のため」です。

もちろん、相手が受け入れてくれなければ、ボランティアは成り立ちません。
ボランティアは、自分もOK 、相手もOK、つまり「両方OK」で初めて成り立ちます。
 <関連記事> ボランティアの心構え

しかし、成り立った場合のボランティアは、自分のためにする活動です。
やりたいことをする。
相手の了解を得てする。
自分のためにさせていただく。

ですから、私の中では「ボランティア≠他人のため」です。
したがって「ボランティア≠善」です。
もともとボランティアは善悪とは関係のないものだと、私は思っています。
ボランティアは善でもなく、悪でもありません。
ましてや、偽善でもありません。

ですから私は「ボランティアは偽善である」と聞くと、「ボランティアと偽善?なぜ関係のない二つの言葉が議論されているのだろう?」と、不思議な気持ちになったのだと思います。

確かに「自分がしている事は善行である」と思ったり、人に話したりしている人に、下心や打算が見える場面がときどきあります。
それは「ニセモノの善=偽善」であると、言えるかもしれません。
また、ボランティアを「自分を犠牲にして他人のために尽くす善行」として、行っている人もいると思います。
そのような人は、自分がしている事を「偽善」と言われると、残念に感じると思います。

ですから、先ほど書いたことは、私個人の感じ方です。
私の場合は、ボランティアをこのように捉えているので、偽善とは結びつかなかった。
でも、ボランティアを善行と捉えて、時として偽善と感じる人もいることがわかった。
ということだと思います。

私は「ボランティアは偽善なのだろうか?」と悩んだことはありません。
でも今は、別のことで少し悩んでいます。
これについては、いつか書ける時がきたら書いてみようと思っています。

<関連記事>
 ボランティアはエラくない
 「ボランティア」とは?
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コメント(14件)

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ボランティア=偽善・・・・久しぶりに聞いたフレーズです。

 これはボランティアにも問題がある場合があります。「してあげてるのよ?お礼も言わないなんてどうなの?」なんて雰囲気を出す方が居たということ。こう言った人をボランティアとは呼びたくないので、「ボラフォーマー」とても言っておきましょう^^;
 そんなボラフォーマーに触れた人からは偽善と言う言葉が聞かれる事がありました。

 「偽善」と言う人も、ボラフォーマーも同レベルでボランティアを知らない人だったのだと思います。
 ボランティアと言う言葉を活用する以上こうした意識の違いを少しでもなくして行きたいと思ってきました。最近忘れていました。GAMIさんありがとう^^
INA
2012/04/07 15:06
INAさん、久しぶりにINAさんのコメントを読めて、嬉しいです!

たしかに、明らかに「偽善だ」と言いたくなるような人もいますね。
そういう人でなくても、「私のしていることは偽善なのだろうか」と悩みながらボラをしている人も多いようです。
そのような人には、善悪とは違った世界でボラを楽しむという考え方もあることを知ってほしいと思います。

またコメントくださいね。INAさんが来ないと「ボランティア雑記帳」らしくありませんので。
GAMI
2012/04/07 22:20
GAMIさん、こんばんは。
ツイッターでも思わずつぶやきましたが、私も善悪というのとは違うなあと思っています。私は未だにボランティアの何たるかがよくわかっていないのですが・・(大体、コミュニティフレンドはボランティアともまた違う感じもしますが)

ボランティアって、自分のなかにある何かが刺激を受けて行動するものかなと思います。
なのに、世間では社会貢献という視点から語られることが多いから偽善っていう感覚を持つ人もいるのでしょうね。もっと個人的なことなのに。

INAさんがおっしゃるようなボラフォーマーさん(笑)もいるのでしょうけど、ちゃんとボランティアやってる方は偽善かどうかなんて、悩まないでいただきたいですね・・やりたくてやっているんだ、何が悪いって胸はって言っちゃえばいいのに、って思います。




marie
2012/04/08 23:04
marieさん、お返事遅くなりました。
ホント、ちょうどこの記事の下書きを書いてる時に、marieさんのツイートを読んだので、「そうそう、その通り」と大きく頷いてしまいました。

そして、確かにコミュニティフレンドは一般的に言われているボラより、さらに善悪から遠い活動のような気がします。

ボラをどう捉えて活動するかは人それぞれですが、善悪と離れて考える方法もあることを知ってほしいですね。そうすれば、悩まずに自分のスタイルで活動できる。そういう仲間が増えるといいなと思います。
GAMI
2012/04/11 00:17
marieさんにからんじゃぉー
「社会貢献という視点から語られることが多いから」・・・これ、すごくありますね。
「あいつらまたバカやってるね^^」と、冷やかして言える世間じゃないですもんね。
学校でもまだ変な教え方してる事も散見されます。「どんなに大変か知る」ということに照準を合わせていたりします。⇒「大変な人のために」と陥りがちな導入ですよね。

「偽善」ってもしかしたら「慈善」と語呂が良くて、使いやすかったかもしれませんね。
あー。「偽善」をかわすための「似善」という表現もシーンによっては使えそうだなと、ふと思った。

 ボランティア元年を経て、偽善なんて言う人は少なくなってるはずと思うのですが、一度そう思う方のお話しをじっくり聞いてみたいですよ。
INA
2012/04/11 23:01
INAさん、横から失礼します。
どんなに大変かを知る…わかります。
大半の福祉学習はそうなってますね。
「大変な人のために、善意から自らを犠牲にして奉仕することを学ぶ」というスタンスが多いです。
「自分とは全く違うかわいそうな人」であることを学ぶのではなく、「違いもあるけど自分と同じひとりの人」であることを学びたいところです。

偽善だと言う人はまだまだ多いと思います。きっと話はかみ合わなくて、平行線だと思いますけど。
GAMI
2012/04/14 15:22
 またお邪魔します。この話題も昔、出ましたっけ・・・。

 私はボランティア=善という考え方ですが、別に議論して結論を出すようなことではなく、おっしゃるようにそれぞれの考え方でいいと思います。GAMIさんのボランティアは、趣味をするのと同じような感覚なんでしょうか。

 ボランティアは偽善だという批判には、色々な理由があるかと思いますが、残念ながらボランティア主宰者とか指導者に責任のある場合もあるかと・・・。つまり一部のボランティア団体は、対外的にはいいことを言うんですね。ところが、入ってみると、え?! というようなことも・・・。こういう言行不一致をとらえて批判する人もいるかと思うんですね。失礼しました。

荻野誠人
URL
2012/04/14 17:16
荻野誠人さん、こんばんは。
そうですね、私の場合は趣味に近いかもしれません。相手が受け入れてくれないとできないので、普通の趣味とは少し違いますけど。「趣味でボラしてます」と言うと、「不謹慎だ」と怒ることもいるかもしれませんね。それだけボランティアというものは、人によって捉え方や感じ方が様々なのでしょう。

荻野さんのおっしゃるとおり、「言行不一致」の団体もありますね。不誠実な人や団体は、当然批判されるべきでしょう。でもそれを理由に「ボランティアなんてみんな偽善だ」と言われると、それは違うよと言いたいです。
世の中には誠実な人も不誠実な人もいます。ボランティアの世界にも、その他の世界にも。

また、ご訪問ください。ありがとうございました。
GAMI
2012/04/14 23:02
久しぶりにコメント書かせていただきます。
私も、GUMIさんの意見は解ります。しかし、今やボランチァは協会になっていて、そこで働く人の問題だと思っています。職員は協会(団体)に縛られ、守られています。もし問題があっても、連絡を取れないようにして、自分たちを守ります。最近私も経験して、いまだに、気持ちの整理ができていません。ボランチァを名乗りやっていることは、自分たちを守ることです。区から月百万円程の助成金をもらい、障害者たちを食い物にしている、所もあるのです。許せません!!誰が守るのでしょうか?
白熊
2012/08/05 10:42
ボランチァ・・・検索すると結構出てきますが、ボランティアと使い分けがあるのでしょうか?団体名がボランチァ?

白熊さん…嫌な思いをなさったんですね?
それはボランティアを名乗る団体であって、きっとボランティアではないのでしょうね?
INA
2012/08/05 23:08
白熊さん、お返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。少しブログから離れてしまい、コメントをいただいたことに気づくのが、遅くなってしまいました。お許しください。

白熊さんは、ボランティアを名乗る人と関わった際に、何か嫌な経験をされたのですね。そして、その人を許せないのですね。
ボランティアにも善人と悪人がいます。障害者に善人と悪人がいるように。
GAMI
2012/08/09 21:40
INAさん、こんばんは。
すっかり放置してしまっていたのにご訪問いただき、私の代わりに返コメまでしてくださり、恐縮するばかりです。

私は「ボランティア=善」だと思っていないので、悪いボランティアもいると考えています。それがこの記事の主旨です。

ブログはしばらく、こんな状態が続きそうです。どうかご容赦ください。
GAMI
2012/08/09 21:47
被災地でラーメンの炊き出しをしたとしましょう。そのせいで営業中のラーメン屋の売り上げが減った。製麺工場も打撃><。

↑これはボランティアとしては配慮不足。
できれば、非被災地でラーメンのチケットを有志に買ってもらい、被災者に配る。被災者はチケットで地元のラーメンを食べる。とか、
被災地のラーメン屋さんから麺やスープを買って炊き出しにする。とか、
被災地でラーメンの炊き出しをしたら、ラーメン屋さんと非被災地に帰り。ラーメンイベントをするとか、ひねりが必要。

「良かれ」と思った事が実は誰かにとっては好ましくない事があると考えなければ、「よかれ」と思っている以上「偽善」と言われてもしょうがない。
「両方OK」の片方の中に、ラーメンを食べる人の他に被災地のラーメン屋さんも入れて考えないといけないですね。

ボランティアは時として、悪になる場合もああるものの、反省をしながら悪にならない事を考えてこそボランティアですね。

ボランティアの4原則
「自主性・主体性」
「社会性・連帯性・公共性」
「無償性・無給性」
「創造性・開拓性・先駆性」

「継続性・向上性」
をプラスしたいです。
「創造性」の中には向上することも含めて考え、向上すると言う事は継続しているのだと、解釈すれば4原則を5原則に増やす必要もなくなりますけどねー
INA
2012/08/11 15:13
INAさん、今回も返コメが遅くなり申し訳ありません。
INAさんは、ボランティアを実践しながらご自身のお考えを常にブラッシュアップしてこられたのでしょう。そして、今後も継続・向上していかれることと思います。
私もそうありたいものです。
GAMI
2012/08/17 14:06

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